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30年ぶりの出会い:痛風結節

2010/04/07 22:00

今日は、がらっと話題が変わって、痛風のお話です。


これは何でしょうか?

痛風結節(両手)


実は、両手指にできた痛風結節なのです


アップしてみると、


痛風結節ー左手



左手は人差し指に、



右手結節


右手は、中指に


そして、右肘にも出来ています。

肘の痛風結節-2010-04-07




小生にとって、これほどの痛風結節を持った患者さんとの出会いは、なんと30年ぶりだったのです



小生は、昭和50年に千葉大を卒業し、以前から興味を持っていた内分泌代謝を学びたくて、当時我が国の内分泌研究のリーダーの一人であった熊谷朗教授が率いる千葉大第二内科に入局しました。

半年間、病棟、外来処置室始め、10名の同期生達と共に、大学病院に泊まり込んで、臨床に明け暮れる毎日でした。


熊谷内科は、3年前の昭和47年に、大阪大学第三内科(山村雄一)の助教授であった熊谷先生が着任されて、新たに内分泌代謝研究室と免疫アレルギー研究室の二つを立ち上げたばかりの教室で、新進気鋭の若手研究者が研究チームのリーダーとして招聘され、その活動がはじまった、そんな段階にありました。


病棟業務に追われていたある日、熊谷教授から教授室に呼ばれました。


何かと思って、伺いますと、入局して半年しかたたない小生に、ある研究を手伝ってほしいと言われるのです。

そのテーマは、ずばり『痛風のモデル動物』の病因解明なのです。


しかも、そのモデル動物というのは、よく研究室で使われる、マウスやラット、あるいはウサギではなく、

なんと、”ニワトリ”だったのです。


当時、千葉大学の向かいにあった農林省畜産試験場で、ニワトリの交配実験を進める中で、タンパク質の多い食事を与えると、血液中の尿酸値が、異常に上昇(20mg/dl前後)して、しかも痛風結節ができるというのです。

昭和50年ころは、内分泌代謝研究が、一斉に花開いた時期で、各種ホルモンのレセプター(受容体)が単離されたり、あるいは代謝異常を来す酵素異常が相次いでみつかり、欧米の学術雑誌を賑わせていた、そんな時代でした。

痛風も、その原因となるプリン代謝の研究が大いにすすみ、遺伝子異常で痛風になる代表的な病気であるレッシュ・ナイハン症候群の原因が、プリン代謝のサルベージ経路と呼ばれるHGPRTという酵素の異常であることが突き止められ、『分子病』というあらたな概念が提示されたのでした。

痛風に関しては、それまで実験モデルがなく、しかも痛風結節になる動物はいなかったことから、その病因・病態の研究はなかなか進みませんでした。


そんな時に、大学病院のすぐそばで、タンパク質に富む食事を与えるだけで痛風になるという実験動物が誕生したのですから、内分泌代謝研究を柱の一つとする内科教室が飛びつかない訳はありません。

しかし、できたてほやほやの研究室で、人手が足りません。

そこで、新米医師の小生に、声がかかった、という次第です。


小生、ヒトから頼まれると、イヤとは言えない性格で(東金病院の院長にと、医学部長から頼まれた時もそうでした)、おもわず、はい、と返事したのです。


しかし、それからが大変でした・・・・・・・・・・・・。


当時の山本助教授や生化学の橘正道教授のご指導を頂きながら、尿酸を作るプリン代謝経路の酵素の測定法を一つ一つ確立して行きました。


そうして、痛風ニワトリの研究が一段落するのに、3年かかったのです(石の上にも3年ですね)。


しかし、その間、卒業して間もない新米の小生が、痛風診療を担当させて頂くことになり、大学病院の外来あるいは病棟で、多くの痛風患者さんとの出会いと学びがありました。

その中で最も印象に残っている患者さんが、今から30年前にみた、全身の関節に痛風結節があり、1年間の尿酸低下療法により、その痛風結節が、見事に消失したという、大変勉強になった方です。


初診時、両手、両肘、足底部に、複数の痛風結節がありました。血清尿酸値は10mg/dlを遙かに超えていました。


痛風結節-1



そこで、痛風発作を誘発しないよう注意しながら、4.5~5.0mg/dlと血清尿酸値を大幅に下げ、組織に沈着している尿酸が溶け出てきて、結節が消失するのを待ちました。

痛風結節-4

痛風結節は、毎月の外来診察時、触ってみると、少しずつ小さくなっていきました。そして1年後、みごとに痛風結節は無くなりました。


今回、30年ぶりに、”見事な”痛風結節をお持ちの患者さんに出会って、妙に、懐かしく、また痛風治療の原点(本質)について考える機会をいただきました。


関節部あるいは関節周囲に沈着した過剰の尿酸は、血清尿酸を適切な範囲に維持すると、1年前後で溶解し消失する。

痛風の治療とは、尿酸低下剤による過剰な体内尿酸プールの是正である。


この患者さんも、さっそく、治療がはじまっています。

1年後には、きっとこれらの痛風結節が消えていることでしょう。


地域の病院は、症例の宝庫であることを、あらためて実感した一日でした。


これからも、『症例から学ぶ』と題して、時々アップして行きます。

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症例に学ぶ  | コメント : 3  | トラックバック : 0 |

市民と一緒に新人医師を囲んで花見の宴

2010/04/07 08:00

いよいよ新年度になりました。

県立病院では、事務局始め、定例の人事異動がある一方、当院では、新人医師を2名、お迎えすることになりました。

内科後期レジデントの賀来敦先生と小児科医長の有馬聖永先生です。

賀来先生は、旭川医大卒業後、北海道帯広の北斗病院での2年間の臨床研修を終えて、当院での総合医・家庭医コースの後期レジデントとしてこられました。

有馬聖永先生は、前任の染谷知宏先生の後任として、千葉県こども病院から来られました。


東金には八鶴湖という桜の名所があります。
JR東金駅から徒歩10分ほどのところにある湖で、周囲を囲むように桜並木があります。

江戸の始め、徳川家康が鷹狩りの地として東金を選び、八鶴湖の傍らに東金御殿を建立し、3回鷹狩りに来ています。

東金御殿の建立に際して、江戸から東金にいたるルートとして、船橋から東金まで、あらたに御成街道が開かれました。

御成街道は、別名、一夜街道、あるいは提灯(ちょうちん)街道とも呼ばれ、街道工事の総指揮にあたった本多忠勝が、房総丘陵の東端の地に、目印の提灯を立て、突貫工事で、ほぼ直線の街道を船橋から東金まで、短期間で開いたと伝えられています。


八鶴湖には弁天島と呼ばれる島があり、桜が満開になる季節には花見茶屋が出ます。

湖畔の桜もライトアップされ、とてもすてきな雰囲気です。

IMG_0044-2-SS.jpg



東金八鶴湖の桜(4)


東金八鶴湖の桜(3)


4月2日、新人医師の先生を囲んだ花見の宴を『地域医療をそだてる会』と共催で、八鶴湖で開きました。
“宴会担当”の林栄治先生と地域医療を育てる会“宴会部長”の野口さんに、いろいろと段取りしていただきました。

当日は、朝から雨交じりで大風が吹く悪天候の日でしたが、夜になって雨も上がり、なんとかスタート。


花見の宴

育てる会からは、藤本さんはじめ5名、当院からは、賀来先生、林先生、吉川先生と小生の4名の参加でした。

途中飛び入りで、さんむ医療センターの篠原先生が参加されました。


地域の医療を育てる市民の皆さんと一緒の花見の宴、ささやかなものでしたが、これからの地域医療について熱く語る機会になりました。



地域との交流  | コメント : 4  | トラックバック : 0 |

桜花爛漫の京都で後期レジデントが国際学会初舞台

2010/04/01 07:29

3月26日~29日まで、桜花爛漫の京都で、我が国では22年ぶりの国際内分泌会議が開かれ、60カ国から4000名が参加しました。

http://www.kyohaku.go.jp/jp/tokubetsu/100410/tokubetsu.html

前回は22年前の昭和63年の7月で、祇園祭のさなかの京都で開催され、皇太子ご夫妻が開会式に出席されています。

今回も、天皇・皇后両陛下が開会式に出席されました。


当院からは2題の発表で、うち一題は吉川先生の、世界でも10例目、我が国では2例目という大変珍しい内分泌疾患の症例報告でした。

ポスターの内容は、小生も少々準備を手伝いましたが、英文の口演原稿は、吉川先生ががんばって作りました。

吉川先生の発表したセッションは、”異所性ACTH産生症候群”という比較的まれな病気をあつかったセッションでした。

この病気は、簡単に説明すると、本来は、下垂体前葉から分泌され、副腎皮質を刺激して、コルチゾールという副腎皮質ホルモンの産生を刺激するACTH(副腎皮質刺激ホルモン)が、下垂体前葉以外の臓器の悪性腫瘍などにより産生され、その結果、コルチゾールが過剰になるという一連の病気で、顔が丸くなったり(ムーンフェース)、血圧が上がったり、糖尿病になったりします。

吉川先生の発表したセッションは、国内から5題、海外から2題の発表で、海外は、フランスと台湾からの発表でした。大変興味深い内容が多いセッションで、ディスカッションも大いに盛り上がりました。

吉川先生はトップバッターの発表でしたが、堂々としたものでした。

吉川先生の発表風景


今回の発表に際して、血中のホルモン測定では、帝京大学千葉医療センターの片上先生に、ホルモン産生の関する病理組織検査では東北大学の笹野先生に大変お世話になりました。

今回のケースは、吉川先生が、内科新患の担当日に、持続する下痢を主訴に受診され、低カリウム血症があることからいろいろの検査を経て診断に至ったケースです。
内科新患当番は、いろいろな意味で勉強になりますね。

これから英文論文での投稿を目指しているので、吉川先生、気合いが入っていました。


また、この日、立ち寄ることができた京都のサクラの写真を添付します。

千本釈迦堂、京都御所、平野神社のしだれ桜はみな満開でした。

京都御所のしだれ桜

京都御所の近衛邸跡のしだれ桜は、隠れた桜の名所で、天皇皇后両陛下も今回の京都巡幸で立ち寄られたとのことです。

平野神社のしだれ桜

北野天満宮にほど近い平野神社は、桜の名所として知られています。
30種類以上の桜の銘木が植えられています。
円山公園のしだれ桜もここの分樹(?)といわれています。

境内に入ってすぐのしだれ桜をアップでとりました。

平野神社の陽光桜

また、境内には、陽光という名前の色の濃いめにの桜が満開でした。

千本釈迦堂のおかめ桜

平野神社からほど近い、千本釈迦堂は、京都市内では最も古い木造建築(1210年頃義空上人建立)で、国宝に指定されている優雅な佇まいの寺院です。

境内には、おかめ桜と呼ばれるみごとなしだれ桜の大樹があります。
平野神社とは異なり、参詣者の数もまばらで、ひっそりとした中で、ゆっくり観桜が楽しめる、隠れた名所です。

臨床研修  | コメント : 4  | トラックバック : 0 |

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